2008年03月30日

ビーバー -98年前にフランク安田がつくったアラスカの村-


今から124年前の1884年、単身アメリカに渡った一人の少年がいました。

石巻出身の安田恭輔(フランク安田)です。

さまざまな過程を経て北極海に面したポイントバローというイヌイットの村に
行き着いたフランク安田は、海獣の猟を生業とする彼らとともに暮らしはじめます。
しかし、当時のアメリカの密猟船がクジラやアザラシを乱獲したことによる
深刻な食料不足、白人によってもたらされた疫病の蔓延などによって、やがて村は
絶滅の危機に瀕します。

そのとき、村人たちをアラスカの内陸部に広がるアサバスカンインディアンの
居住区に移住させ、新しい生活をはじめることで村を救おうと行動をおこした
のが、フランク安田でした。
イヌイットに対してけっして友好的でなかったアサバスカンインディアンと交渉し、
手に入れた新天地、それがビーバー村です。

新たな村を築き、海しか知らない人々に森での暮らし方を教え、イヌイットの
人々を救ったとされるフランク安田。
今年は彼が90歳で亡くなって、ちょうど50年目にあたります。
その記念すべき年に、ビーバー村で、ビーバーの村人と日本人とで開催する
フランク安田没後50年 メモリアルポトラッチに関わる情報を、
このブログで発信していかれればと思います。 

今日はまず、ビーバー村の様子を写真ですこし。




ビーバー村上空から見たユーコン河。冬はほぼ全面凍結する。




ビーバー村の集落と、砂利の飛行場。




FUEL PLANE(燃料機)。 
道路の通っていないビーバー村には、村の南約100kmにあるいちばん
近くの大きな都市、フェアバンクスFairbanksからこのような飛行機で
燃料が運ばれてくる。
車は走っていないが、4輪バギーやボートのために燃料が必要。




今は閉店したイヌイットコープ(ストアー)の壁には、子供が描いた
Welcome to Beaver(ようこそビーバー村へ)の張り紙。

posted by K


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この記事へのコメント
124年もの歳月を経て、故郷の石巻に再び帰ってきたフランク安田。
光のように歴史の扉を静かに開けて姿を現しました。

この機会をありがとうございます
Posted by NC at 2008年04月18日 19:31
124年もの歳月を経て、故郷の石巻に再び帰ってきたフランク安田。
光のように歴史の扉を静かに開けて姿を現しました。

この機会をありがとうございます
Posted by NC at 2008年04月18日 19:31
フランク安田は石巻出身だからこそあのようなすごい人生を送ったのではないかと思います。視野が広くて粘り強い、石巻の人にはそんな印象を受けます。夏のメモリアルポトラッチに向けて、さらに市民の皆さんに盛り上げていただきたいものです。
Posted by ビーバービーバー at 2008年04月26日 22:37
Call me wind because I am asboluetly blown away.
Posted by Vale at 2012年03月18日 01:31
I see, I spuopse that would have to be the case.
Posted by Erica at 2012年03月19日 12:11
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