2008年07月31日
ポトラッチについての追加情報
ポトラッチについての、追加情報です。
23日(土)はフェアバンクスからビーバー村へのチャーター機やその他準備が
かなりいっぱいいっぱいの状態なので、今から参加をお考えの方は、
できれば23日を避け、22日に来る方向でご検討ください。
なお、チャーター機を利用する場合、運賃は往復で350〜400ドル程度に
なります。よろしくお願いします。
23日(土)はフェアバンクスからビーバー村へのチャーター機やその他準備が
かなりいっぱいいっぱいの状態なので、今から参加をお考えの方は、
できれば23日を避け、22日に来る方向でご検討ください。
なお、チャーター機を利用する場合、運賃は往復で350〜400ドル程度に
なります。よろしくお願いします。
2008年07月29日
メモリアルポトラッチの開催日時ほかの情報
☆フランク安田没後50年 メモリアルポトラッチ☆
開催場所:
アメリカ合衆国 アラスカ州 ビーバー村
開催日:
8月23日(土)、24日(日)
交通:
フェアバンクスから小型飛行機で約1時間
(天候が悪くないかぎり、最低一日一便は運航)
気候:
8月下旬といえば、季節は秋のはじめ。
例年の最高気温は平均で20℃前後、最低気温は10℃前後で、
年によっては、最低気温が2℃くらいまで冷え込むことも。
マフラーや手袋、帽子などがあると、防寒に役立ちます。
※ビーバー村には、宿泊施設等はないため、基本的に村の学校
(クルイックシャンクスクール)の教室を宿泊場所として開放
してもらう予定です。
ビーバー村がどんな場所かについては、過去の記事を参考にしてください。
なお今年の夏の極北地方は、通年よりもかなり雨の日が多いそうです
2008年07月19日
生命の魚、サーモン。
ムース(ヘラジカ)と並んで、ビーバー村の人々に欠かせない食物が、サーモンです。
毎年夏(ビーバー村あたりの"夏"は、だいたい6月〜7月)になると、人々は"フィッシュキャンプ"をします。
6月末から7月にかけて、ユーコン川には何種類かのサーモンが遡上してきます。
それらを獲って、薫製などの食べものを作り、来る冬に備えるのです。
これは、4年前に77歳だったエルシーおばあさんが、孫を連れてフィッシュキャンプしているときの写真。
アサバスカンインディアンは縄張り意識が強く、テリトリーが決まっているため、毎年同じ場所でのキャンプ。
川べりに立てた簡易小屋やその周辺で寝泊まりしながら、日がな一日サーモンを獲ってはさばいて、燻す、そんな作業をくり返します。
これらは、キングサーモン。
一尾だけ、ドッグサーモンなる種類が混じっています(写真向かって右から3番目、
ちょっと黄色っぽいサーモン)。
ドッグサーモンは、時期的に、キングサーモンの次に遡上してきます。
キングサーモンよりも味が劣るといい、「犬のエサにするようなサケ」、
という意味でドッグサーモン、なのだそう
ユーコン川に遡上してくるサーモンのうち、おもにキングサーモン、チャムサーモン、
シルバーサーモンを、ビーバー村の人々は食べています。
これは、英語でFish Wheel、"インディアン水車"とも呼ばれる、先住民の人々の魚とり機。
その辺にある材料を使って組み立てた、手作りです。
アイヌの人たちも、同じような器具を使ってサケを獲っていたといいます。
彼らは、魚を根こそぎ獲り尽くすようなことはしません。
上流で魚を待つ人たちのこと、また生態系のことも考慮し、サケがさらに遡上
できる余地を残しつつ、漁をします。
アップでみると、けっこうな迫力。
サーモンは歯が鋭く、かなりいかつい顔をしているのがよくわかります。。
キングサーモンは、重いものでは一尾20kg近くあるものもあります。
サーモンが乗っているのは、魚をさばくための台。
さばかれたサーモンは、約2週間コットンツリーという木を燃やした煙で
燻され、薫製にされます。
この薫製は"サーモンストリップ"と呼ばれ、長い長い冬の間の貴重な
食料となるわけです。
光り輝くイクラ。
ビーバー村の人はイクラは茹でたり、スモークにして食べるのだそう。
「日本人にとっては醤油漬けや塩漬けがやはりおいしい」とは、リョウさんの弁。
2008年07月13日
"メモリアルポトラッチ"の意味すること。
"ポトラッチ"という言葉は、「贈与(give away,gift)」を意味します。
もともとは、ハイダ族やクリンキット族など、トーテムポールを作る文化を持つ
北アメリカ大陸の北西部沿岸の先住民に由来する儀礼。
それがいつしか、暮らすエリアが近かったアサバスカンインディアンにも伝わり、
彼らの文化にとり込まれていったようです。
部族ごとにいろいろ違いはありますが、基本的にポトラッチでは主催した人々が、
来客に食事をふるまい、記念品を渡すなどしてもてなします。
食べ物としては、まずムース(ヘラジカ)がとても重要です。
ムースのスープをみんなで食べ、その日を境に死者の魂が旅立つといわれます。
また、訪れた人すべてに十分な食べ物を提供できるよう、夏の間はサーモン漁に
精を出すなど、いつも以上に食料を確保することになります。
ビーバー村でのポトラッチの風景です。
4年ほど前に、リョウさんが村に滞在したときに撮影しました。
食事の場所は、村の中心地の広場。
朝は体育館で、昼と夜は屋外で、そのつど料理がふるまわれます。
並んでいる料理は、ムースのスープをはじめ、キングサーモンのオーブン
焼きや、サラダ、パスタなどさまざま。
グッチン語でのお祈りの言葉のあと、お年寄り→子ども→ほかの大人、という
順番で料理をお皿に盛っていきます。
アサバスカンインディアンの社会において、もっとも尊重されるべき存在は
お年寄り、その次に大切にされるのが子ども、という信条がそこに垣間みえます。
ポトラッチで来客に手渡す記念品にはさまざまなものがありますが、たとえば、このようなビーズで作った工芸品もそのひとつです。
工芸品はすべて手作り。
手作業をすることで、大切な人が亡くなった哀しみをいやす、という
意味もあると聞きます。
来客に贈るギフトを作るプロセスにも、故人を偲ぶ想いが詰め込まれるのです。
村全体で催すような大規模なポトラッチは、アサバスカンインディアンにとって
たいへん特別なことです。
今回のフランク安田没後50年メモリアルポトラッチは、村の礎を築いた人物を
偲ぶポトラッチであり、さらに、日本からたくさんの人たちがやってきて催される
という前例のないもの。
どのようなポトラッチになるのか、期待が膨らみます
もともとは、ハイダ族やクリンキット族など、トーテムポールを作る文化を持つ
北アメリカ大陸の北西部沿岸の先住民に由来する儀礼。
それがいつしか、暮らすエリアが近かったアサバスカンインディアンにも伝わり、
彼らの文化にとり込まれていったようです。
部族ごとにいろいろ違いはありますが、基本的にポトラッチでは主催した人々が、
来客に食事をふるまい、記念品を渡すなどしてもてなします。
食べ物としては、まずムース(ヘラジカ)がとても重要です。
ムースのスープをみんなで食べ、その日を境に死者の魂が旅立つといわれます。
また、訪れた人すべてに十分な食べ物を提供できるよう、夏の間はサーモン漁に
精を出すなど、いつも以上に食料を確保することになります。
ビーバー村でのポトラッチの風景です。
4年ほど前に、リョウさんが村に滞在したときに撮影しました。
食事の場所は、村の中心地の広場。
朝は体育館で、昼と夜は屋外で、そのつど料理がふるまわれます。
並んでいる料理は、ムースのスープをはじめ、キングサーモンのオーブン
焼きや、サラダ、パスタなどさまざま。
グッチン語でのお祈りの言葉のあと、お年寄り→子ども→ほかの大人、という
順番で料理をお皿に盛っていきます。
アサバスカンインディアンの社会において、もっとも尊重されるべき存在は
お年寄り、その次に大切にされるのが子ども、という信条がそこに垣間みえます。
ポトラッチで来客に手渡す記念品にはさまざまなものがありますが、たとえば、このようなビーズで作った工芸品もそのひとつです。
工芸品はすべて手作り。
手作業をすることで、大切な人が亡くなった哀しみをいやす、という
意味もあると聞きます。
来客に贈るギフトを作るプロセスにも、故人を偲ぶ想いが詰め込まれるのです。
村全体で催すような大規模なポトラッチは、アサバスカンインディアンにとって
たいへん特別なことです。
今回のフランク安田没後50年メモリアルポトラッチは、村の礎を築いた人物を
偲ぶポトラッチであり、さらに、日本からたくさんの人たちがやってきて催される
という前例のないもの。
どのようなポトラッチになるのか、期待が膨らみます
2008年07月01日
大切な食料としてのムース (MOOSE/ヘラジカ)
ビーバー村近郊には、こんな風なひょろ長いスプルース(トウヒ)の木が密に生えた森が広がっています。
これから、ムース(ヘラジカ)ハンティングに向かうのです
ムースを待ち構えて、銃の照準を合わせているところ。
ムースハンティングは、とにかく待ちます。
同じ場所にいて数時間じっとしながら、ムースがやってくるのを待つのだそうです。
(photo by MS clipart)
ちなみにこれが、雄のムース(Bull Moose)。
大人の雄の大きさは、だいたい平均で約400kg-700kgもあるとのこと。
大きな角が特徴的です。
繁殖期には、雌を巡り、雄同士がこの角を突き合わせて戦います。
(photo by MS clipart)
こちらが、雌のムース。
大人の雌の大きさは、だいたい平均で約270-360kgほどとのことです。
けっこう、愛嬌のある顔をしています。。
これは、私がユーコン準州で遭遇した親子のムースです。
インディアンの人々の間では子連れのムースは絶対に撃ってはいけないことに
なっていて、ハンティングで狙うのは、基本的に巨躯の雄ムースのみ。
その年のムースの数などの様子を鑑みて、部族会議で決まりをつくり、
捕りすぎることのないよう、調整すると聞きました。
インディアンの人々は、ムースによって生かされてきたことを、きちっと心得て
心を配っているのです
ムースは、草を食んだり水を飲んだりするために、このような湿生の
草地へ出てきます。
ハンターは、木に登って遠くを見渡してムースを探したり、鳴きまねをして
気をひいたり、いろいろするのだそうです。
道具が進歩したとはいえ、野生動物を狩るには、たいへんな労力を必要とします。
ビーバーの隣村、アークティックサークルからたまたま来ていたというサムが切っているのは、ムースの肉。
獲ってきたムースの解体では、基本、ナイフ以外は使わないことになっているのだそう。
動物に対する敬意、ということなのでしょうか。
サムは、慣れた手つきで肉を切り分けていきます。
リョウさんも、ナイフで解体を手伝いました。
関節などの固い部位もすべてナイフで切る、というのはかなり大変で、
コツがいるのだそうです。
なお、リョウさんのうしろの小屋は、ビーバー村のたいていの家にあるという
"スモーク小屋"。
大方解体したら、このスモーク小屋に肉を少し吊るして燻してハエや蚊が
寄りつかないようにし、それから切り分けます。
ニンテンンドーDSで遊んだり、インターネットが不自由なくできたりする
環境が在る一方で、ビーバー村にはこのような永く続いてきた営みが
日常として今も息づいています。